妄想を破壊され追い詰められた丸人たちは、自己正当化の方策を人間性への妄想と善悪の錯覚に求めました。 人間性への妄想というのは、「人間には闘争本能がある。だから常に対立し戦い合うのだ。 これは生存競争という、自然の法則だ」といった思い込みです。

どれほど大勢の人々を虐殺しても、生存競争や闘争本能のせいにすれば、 なんとなく自己正当化ができるような気がしませんか?
恐怖に突き動かされ武器が発達するという絵(イラスト)
それは、丸人が長く育ててきた「人と人とは対立するものだ」という思い込みの延長でもありました。

〔ふりがな〕
もうそうを はかいされ おいつめられた まるじんたちは、じこせいとうかのほうさくを にんげんせいへの もうそうと ぜんあくのさっかくに もとめました。 にんげんせいへの もうそうというのは、「にんげんには とうそうほんのうがある。だからつねに たいりつし たたかいあうのだ。これは せいぞんきょうそうという、しぜんのほうそくだ」といった おもいこみです。どれほど おおぜいのひとびとを ぎゃくさつしても、せいぞんきょうそうや とうそうほんのうのせいにすれば、なんとなく じこせいとうかが できるようなきが しませんか? それは、まるじんが ながくそだててきた「ひとと ひととは たいりつするものだ」という おもいこみの えんちょうでも ありました。

55/90
P.1 2 3 4 5 6 7 8 9101112131415161718192021222324252627282930 313233343536373839404142434445464748495051525354555657585960 616263646566676869707172737475767778798081828384858687888990