歴史教育、道徳教育の罠とは何でしょう? 社会問題の解決を不可能にする錯覚とは?
いくら道徳や歴史教育を充実させてもこの罠に落ちれば、社会問題の解決は有り得ません。
暴走族問題をはじめ、ホームレス、貧困、性犯罪、人権問題、差別、少年犯罪など、様々な社会問題が存在します。
こうした社会問題で多くの人々が苦しみ、またそれを解決しようと、多くの人々が、(道徳教育の充実も含めて)大変な努力を重ねています。
いうまでもないことですが、どの社会問題も、発生原因は同じでは有りません。多種多様な原因が、多種多様な社会問題を生じさせます。
もともとの発生原因が異なるのですから、それぞれの社会問題を解決する方法も同じではありません。
例えば、暴走族問題を解決する方法は、性犯罪やホームレスといった社会問題を解決する方法と、同じでは有りません。
つまり、多種多様な原因で生じた社会問題は、その現れも様々であり、様々な社会問題を解決するためには、様々な解決策が必要です。(それぞれに共通するものがあるにしても)
もし、このあまりにも当たり前の事実に目をふさぎ、どの社会問題の原因も全て同じだと錯覚したなら、…どの社会問題の解決も不可能となるでしょう。
そしてもし、「どの社会問題の原因も同じだ」と子供達に錯覚させるような道徳教育が存在するなら、それは大変に危険なものとなります。そのような危険を持った道徳教育を強化すればするほど、社会問題の解決はいっそう難しくなってしまうでしょう。
社会問題の解決を願って強化されたはずの道徳教育が、逆に社会問題の発生を助長する方向に働いてしまったとするなら、それは大変に悲しい事です。
つまりは、社会問題の解決のためには、ただ道徳教育を強化するのではなく、道徳教育の中身を問題とし、内在する危険を発見し、その危険を除去していく必要が有ります。
さて、社会問題の発生原因が様々であると同様に、歴史上の出来事についても、様々な発生原因が存在します。たとえば、第二次世界大戦に日本が参戦した理由と、ヨーロッパで魔女裁判が行われた理由は、同じではありません。
もっと言えば、ホロコーストの原因と暴走族社会問題の原因は、同じものではありません。
もし、こうした歴史上の悲劇や、社会問題の発生原因が、どれも一つしかない同じものだと錯覚したなら何一つ解決することは出来ません。
もちろん、歴史から学ぶ事も不可能となります。人類がどれほどの血や涙を流そうと、悲劇のそもそもの原因に目を閉じていては、何一つ、歴史から学ぶ事は出来ません。
もしそのような錯覚を生む社会・歴史教育が存在するなら、錯覚を生む道徳教育と同様に、大変に危険であり、また悲しい事です。
社会問題、テロ・戦争といった悲劇の解決がこれほどまでに難しいのは、全ての原因を同じだとする善悪の錯覚が、社会・歴史教育、道徳教育の罠として、(数千年単位で世界規模で)存在しているからだろうと僕は考えています。
絵本「教育マシン」のPDFファイルです。(約1mb)
The Answer - All machine - The trap within social problems, ethical and moral education
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