意志が強い、弱いという言葉があります。あるいは、弱い自分に勝て、といった教えも。では、そもそも意志の強さって、 何でしょう? どうすれば、意志が強くなるのでしょう? 例えば、一部で深刻な問題となっている、「ひきこもり」は、意志の弱さが原因なのでしょうか?
「克己心を持て」という教えがあります。
・・・ところでこれは、どういう意味なのでしょう?
克己という言葉を辞書で引くと、邪な自分や欲望に打ち勝つことだ、といった説明がされています。
では、邪な自分って、何でしょう? そもそも「欲望に打ち勝ちたい」という気持ちは、欲望ではないのでしょうか?
どの欲望が、「打ち勝つべき」欲望で、どの欲望が「伸ばすべき」欲望なのでしょう?
誰が、どのような基準で、どうやって、「これは打ち勝つべき欲望だ」「これは伸ばすべき欲望だ」と決めるのでしょう? そもそもその振り分け基準が「本当に守るべき」ものかどうか、誰が、どのような基準で決めるのでしょう?
さらにいえば、「邪な欲望」には、「打ち勝つ」ことしか出来ないのでしょうか。戦って、負けてしまった「欲望」(=自分の一部)は、どこへ行くのでしょう? 死ぬのでしょうか? 消え去るのでしょうか。…それともただ単に、抑圧されるのでしょうか? その「欲望」は、永遠に満たされずに、恨みと不幸を身にまとうのでしょうか?
筆者には、「克己心を持て」という教えの本当の意味は分かりません。
しかしながら、この教えへの解釈を、一歩間違えれば、それは善悪中毒といった心の病の原因になると考えています。
そしてその病は、ひきこもりを始め、ノイローゼ、鬱、心身症、アルコールや薬物への依存症など、様々な問題を引き起こすこととなるでしょう。
同様に、「弱い自分に勝つ」、「悪い自分に勝て」、「良心が悪い心をコントロールしなければいけない」、
「欲望はいけないことだ」「欲望に打ち勝て」「欲望を無にしろ」といった教えも―これらの教えの本当の意味は別として―、時と場合によって、あるいは受け取り手の理解力によって、
心理的に大きな問題を生む危険があると筆者は懸念しています。
…そんな潜在的な危険について、絵本にしてみました。
意志薄弱、意志が弱いといった問題。さらには、欲望のこと。あるいは、ひきこもりの問題。
こうした様々な心理的な問題を考えるとき、この絵本のテーマ、克己心という言葉の裏側に潜む危険を是非、思い出していただければとお願いいたします。
負けるものか!―意志が弱い方へ― |
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| とうごう じゅん |