〔解説〕絵本「私は悪い人間です」;罪と祈りと善悪の錯覚

罪の許しを神に祈る。
…部外者には何を意味するのか、なかなか分かりませんが、きっとそこには深い宗教的な意味があるのでしょう。
深い本物の祈り、信仰、そして罪。
本物の宗教やその祈りや概念、罪に関して、筆者はコメントできる立場ではありません。
信じなければ見えないことがあります。信仰に生きなければ、経験できないことがあるのです。

誤解を避けるために強調いたしますが、筆者は、この絵本で、本物の宗教や信仰や祈りに関して描くものではありません。
本物の宗教が説く罪や祈りは、この絵本のテーマではないのです。
この絵本が描くのは、あたかも本物の信仰や祈りや罪に見える、けれど、似て非なる誤解・錯覚に関してです。…つまり、それは善悪の錯覚です。

世界には善悪の誤解・錯覚が満ち溢れています。

「お前が悪い」「いいや、お前が悪い」。多くの人々がこんな議論を繰り返します。 対立する陣営・人々は、相互に相手を悪だと決め付け、それを証明するために大きなエネルギーを注ぎます。 違うイデオロギーを持つ人々は、意見の違いを認め相互理解を進める努力の代わりに、互いに相手を悪だとののしりあいます。 対立する国々は、それぞれに相手を「悪の帝国だ」「悪の同盟国だ」と主張します。 そしてそれを証明するために持てる力を総動員し、時には事実を一方的に誇張し、時には歴史をゆがめ、 時には、全くの嘘やでたらめを真実だと主張するのです。

しかしながら、誰かを悪だと決めつけることには、 ―そのために、どれほどの努力を注いだとしても、そしてたとえそれに成功したとしても―大きなリスクが伴います。 悪だとされた大勢の人々は、きっと傷つけられることでしょう。そして、憎しみがどこまでも増幅されてしまうでしょう。

この絵本では、最も身近な存在(自分自身)を悪だと決め付け、錯覚することに関して、その潜在的な危険について描くものです。

さて、もう一度繰り返しますが、この絵本が描いているのは、本物の宗教に関することではなく、 あたかも本物の信仰・祈り・罪に見える、けれど、似て非なる誤解・錯覚に関してです。
絵本の舞台も、地球とは無関係の、どこか遠い星の上での物語です。

この絵本を通して、言葉が持つ力・その潜在的な危険へ、思いを馳せていただければ幸いです。



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⇒「私は悪い人間です」のPDFファイルです。(約0.5mb)

'I am bad' picture book; prayer and sin








私(わたし)は悪(わる)い人間(にんげん)です
罪と祈りの遠い宇宙の星
とうごう じゅん

(筆者注)主の祈りと原罪

この絵本は、キリスト教(聖書)の「主の祈り」原罪思想に関して描いたものでは有りません。

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