檄文-憂国の若きサムライたちへ

 憂国の思いを強く持つ侍たちへ、お願いしたい事がある。
 確かに今の日本には大きな欠点がある。国を愛することもままならない。しかしながら、君たちには、天にも届く矜持を抱いて欲しい。

先人たちの和の心

 君たちは大東亜共栄圏や八紘一宇といった言葉を聞いたことがあると思う。
 これらの言葉は「軍国日本」で多用され、敗戦を機に「戦争責任」が重なって、現代日本人の多くが、これらの言葉に大変ネガティブなイメージを持っている。
 日の丸・君が代・天皇制論争どころではなく、これらの言葉を聞くだけで、おぞましさ・嫌悪感・怒りに身震いする人もいるようだ。  ―確かに、あの辛く悲しい歴史を思えば、人々が抱く、こうした暗い感情を理解することは難しくはない。

 しかしながら、当時の普通の日本人たち―我々の両親・祖父母・曽祖父母である―は、どちらの言葉も、「異なった人々・民族、ともに仲良く暮らしましょう」という意味として理解していた筈。 実際、第一次世界大戦後、日本は国際連盟憲章の中に人種平等を明記するという決議案の提出も行なっているのだ。
 嫌悪感・おぞましさ・怒りに目を閉じず、歯を食いしばって目を開けば、これらの恐ろしくネガティブな言葉の底に、今の我々と同じ和の心を見つけることも難しくはない。  …そう、元々、我々の和の心は、彼らから受け継いできたものではなかったか。

和の文化

 武士の武とは、矛を止める、と書く。柔をもって剛を制す、という言葉もある。合気道の合気とは、気を合わせることだ。
 俺は、武道の極意とは、戦わずに勝つことにあると考えている。もっといえば、敵を味方とすることにある。敵が味方となる以上に、勝つことなど出来ない。  そして、その底には、やはり和の哲学・伝統がある。

和の伝統と平和への願い

 日本軍はかつて硫黄島で玉砕した。
 その硫黄島で、死を目前とした一人の将校が、当時のルーズベルト大統領宛に手紙を書いた。その手紙の末尾には、こうある。
「凡そ世界を以って強者の独専となさんとせば、永久に闘争を繰り返し、遂に世界人類に安寧幸福の日なからん」
 本手紙をしたためた直後に戦死された市丸海軍少将が予言した通り、実際、現在でも世界で闘争は繰り返され、決して終わることがない。
 この手紙―死を目前にしたサムライの手紙だ―にも、切々たる和への思いがある。世界平和への強い願いと意志がある。

 ―古来、我々大和民族は「大いなる和の民」と書く。
 そして、日本の最古の成文法、十七条の憲法の第一条には、「和を以って貴しと為す」とある。 大和の民には、聖徳太子の時代以降だけでも実に1,400年を超える和の伝統が存在するのだ。

憂国の至情

 ―さて、サムライを自認する君。
 恐らくは、日本の現状に大いなる憂国の思いを抱いていることだろう。今の日本は誇りを失い、独立国と呼ぶにはほど遠いと。…君の仮想敵国がどっちの方向にあるかは知らないが。

 ではどうすれば、日本は真に独立できるのか?
 君は、真剣に考えてみたことはお有りだろうか? もし無かったら、考えてみていただきたい。

独立への道

 自主憲法の制定?
 いやはや、もし君が、国内の法律をいじるだけで自主独立できると考えているなら、恐ろしく甘ちゃんだ。
 押し付け憲法だろうが、自主憲法だろうが、条文で、他国からの攻撃や支配を打ち破ることなどできない。それが出来るぐらいなら、今でもまだ徳川の治世が続いている。

 では、武力にて独立を勝ち取る? …これも、とても現実的だとは思えない。
 核の時代に、通常兵器だけで他国に太刀打ちできるはずもない。日本には現代戦に不可欠な航空機産業もない。
 ABCD包囲網で石油を禁輸された頃と比べて、エネルギー事情が好転しているわけでもない。

 それとも核武装する?
 それは技術的にはむろん可能だ。核兵器など60年以上前に実用化されたもの。今の日本の技術水準から考えれば、ローテクに過ぎない。  しかしながら、国際政治を思えば(恐らくは太平洋側/日本海側ともに)、それはとんでもなくリスキィな賭けとなるだろう。

 ―じゃあ、経済で一番になるかい?
 日本はすでにそれに挑戦し、失敗したように見えるね。

 ―さあ、どうする?
 日本が真の独立国となり、誇りを取り戻す現実的な道、君には思いつくかい? 「憲法さえいじれば、独立できる/日本人は誇りを取り戻せる」なんて空想の世界へ逃避するのではなく、ね。 

 どうか真剣に考えて欲しい。

和のグローバライゼーション

 さて、多くの英霊たち(全てとは言わない。亡くなられた方それぞれに考え方は違う)は、恒久的な和を世界へ樹立する夢に殉じて散っていった。
 生き残った我々には、そんな和に殉じた英霊達の夢を引き継ぐことが出来る。先人達の流した血、魂の叫び・遺志を引き継ぐことができる。

 そして、そこにこそ最も現実的な日本の独立の道がある。俺はそう考えている。
 …その道とは、和のグローバライゼーション。

 武力によるのではなく、法律の条文によるのでもなく、和の文化を輸出することによって/敵を味方とすることによって/全世界へ和の心を広げる事によって。

 もっと言えば、日本人には、和を世界へ広げる、という崇高にして大いなる使命があるのではないだろうか?  日本の独立うんぬん、というよりも、もしかすると、はるかに重要な使命が、だ。

戦乱の世界における和の民の使命

 憎しみの連鎖。宗教の対立。人を見失った正義。…少しでも世界に目を向けたなら、どれほど和の哲学が今の世界に必要か・求められているか、君にも見えるはず。

 21世紀のサムライである君。
 どうか、「日本国内で騒ぐだけで独立が達成できる」などという幻想に逃避するな。
 「日本さえ良ければ他国を犠牲にしても良い」などという、洋風の?国益論・マキャベリズムに惑わされるな。「国際政治は戦いだ」、などという薄っぺらい現実主義の罠に落ちるな。 「日本人には世界を変える能力が無い」など、劣等感に逃避するな。「戦争をした日本は悪い国なので国際的な主張は控えるべきだ」などと、善悪の錯覚で目隠しをするな。挑戦する前に逃げ出すな。

 そうではなく、和の力を信じて欲しい。俺達のDNAに刻まれた和の心に、天にも届く誇りを抱いて欲しい。
 そして、いかに世界に貢献できるかを思って欲しい。いかに、俺達の手で、世界を変えることが出来るかを考えて欲しい。
 先人達の夢であった、恒久的な和を地球へ樹立するために、何が出来るかを考えて欲しい。
 俺達には、それが出来る。俺達こそは大和の民/日出ずる国の民なのだから・・・


東郷 潤     




《資料》