この絵本は、善悪の魅力について描いたものです。たとえ善悪の錯覚の危険に気づいたとしても、 善悪にはマインドコントロールという大きな魅力があり、その使用をやめることは、簡単ではありません。 善悪という命令シリーズ5作目です。
人々はなぜ「善悪」を使うのでしょう?
善悪(の錯覚)が持つ、マインドコントロールの大きな力は、その答えの1つだと考えられます。
たとえば善悪の錯覚を使えば、「見たくないものを、見ないで済む」というマインドコントロールが可能になります
(絵本「魔法のメガネ」をご参照ください)。これは時に、大きな魅力です。
「何一つ考えないでも、事が足りてしまうような気にしてしまう」というマインドコントロールもあるでしょう。 複雑な歴史の解釈でも、子供の教育でも、犯罪の原因でも、善悪の錯覚・マインドコントロールを使えば、 何一つ考えずに済み、考えなかったことに気づくこともありません(絵本「教育マシン」をご参照ください)。
「ごく当たり前の努力をしていないことに気づかないようにする」というマインドコントロールもまた大きな魅力でしょう(オムニバス絵本「失敗し続ける方法」をご参照ください)。
さて、この絵本「殴れるよ」では、善悪のマインドコントロールの魅力について、命令という観点から描いてみました。
「善悪という命令シリーズ」の1〜4作目は、命令としての善悪に関する基本編。この5作目からは「応用編」と位置づけています。
〔筆者注〕
この絵本は、暴力を奨励するものではありません。
そうではなく逆に、善悪の錯覚が暴力を生むというマインドコントロールの過程を広く明らかにすることによって、善悪の錯覚を原因とする、様々な暴力
(苛め・戦争・テロなど)を減らしていくことを目的としています。人々が錯覚しなければ、錯覚を利用したマインドコントロールは不可能となり、錯覚が原因の暴力は生まれません。
殴れるよ |
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| 東郷 潤 |
| 〔ふりがな〕 なぐれるよ とうごう じゅん |